#12 走り続けるブルースマン伝説 “エリック・クラプトン②~バンド編”
少々オーバーな表現だが、私にとってEric Clapton(エリック・クラプトン)は伝説という存在ですらある。本来、伝説というのは死んでしまったミュージシャンや解散してしまったバンドが一人歩きして出来上がる謎めいた像のことをいうのだと思う。伝説化してしまった代表的なミュージシャンには、Jimi Hendrix(ジミ・ヘンドリックス)やJanis Joplin(ジャニス・ジョプリン)などがいる。彼らに共通していることは、魅力的な音楽を残したこと、劇的で激しい人生を送ったこと、そして若くして壮絶な死を遂げたことだ。クラプトンに欠けているのは、もちろん壮絶な死を遂げていないことだけだ。
では、伝説となった彼らがもし生きていたら、いまもクラプトンのように活躍していたのだろうか。もちろんそれはわからない。しかし、もしジミ・ヘンのワイルドなギターを弾く姿を目の当たりにしたら、ジャニスの迫力のある情熱的な歌をライヴで聴いたら、間違いなく感動を覚えると思うのだ。だから、生きた伝説エリック・クラプトンのライヴを観れることだけで、私はしあわせを感じてしまうのだ。
私たちはこの伝説のブルースマンのパフォーマンスを現在進行形で観ることができる恵まれた環境にいる。さいわいなことにクラプトンは親日家でもあるので、米国・英国をのぞけば日本がいちばん重要なライヴ・ツアーのエリアとなっているのだ。そしてなによりも、いまもなお走り続けているエリック・クラプトンという根っからのブルースマンに、尊敬の気持ちをこめて感謝したいと思う。
エリック・クラプトンは、1945年3月30日にイングランドのロンドンの南にあるリプリーという小さな町で生まれた。両親の別離によって、2、3歳の頃から祖父母に育てられる。そこで一緒に暮らしていた叔父のエイドリアン・クラプトンには特に可愛がられ、いろんな面で強い影響を受けた。
当時クラプトンは、祖母を母だと思い、エイドリアンを兄だと思っていたようだ。正確にはまわりがそう思わせていた。2001年リリースの『Reptile(リプタイル)』のライナーノーツにクラプトン自身の手記が紹介されている。「今にして思えば、音楽も芸術も、あるいは洋服も車も、私の趣味や嗜好はこの時期に形成されたものであり、その多くを、エイドリアンと彼の妻、シルヴィアとの思い出深い関係に負っているようだ。」そして、こう締めくくっている。「あなたたちが与えてくれた喜びや愛に心から感謝したいと思う。このアルバムはあなたたちのために、あなたたちが与えてくれたすべてのことに応えるためにつくり上げたアルバムだ。」複雑な環境で育ったからこそいえる、説得力があり愛のある言葉だ。音楽好きのエイドリアンの影響で、ジャズ、ロックンロール、ブルースなどを聴いて育つ。やがて、10代になったクラプトンはギターを手に入れ、めきめきと腕をあげていく。17歳の頃には音楽にのめり込みすぎて、通っていたキングストン・アート・スクールを退学するほどだった。
二、三のバンドを経て、1963年にThe Yardbirds(ヤードバーズ)に参加。弱冠、18歳だった。クラプトンの存在はしだいに認知され始めるが、1965年には音楽性の相違からバンドを脱退。クラプトンが商業路線を嫌ったといわれている。〝スローハンド〟と呼ばれ始めたのもこの頃だ。クラプトンがThe Yardbirdsを脱退したあとのギタリストには、Jeff Beck(ジェフ・ベック)、さらにはJimmy Page(ジミー・ペイジ)も参加。その後、Jimmy Pageは1968年にご存知のとおりLed Zeppelin(レッド・ツェッペリン)を結成している。The Yardbirdsは英国三大ロック・ギタリストが在籍していたという意味で、伝説的なバンドといえるだろう。その後、クラプトンはJohn Mayall(ジョン・メイオール)に誘われThe Bluesbreakers(ブルースブレイカーズ)にしばらく在籍。〝ギターの神様〟と呼ばれるようになる。彼に対する称賛の言葉なのだが、クリスチャンであるクラプトンは、そう呼ばれることを嫌っているようだ。
1966年、ベーシストのJack Bruce(ジャック・ブルース)とドラマーのGinger Baker(ジンジャー・ベイカー)とともにCream(クリーム)を結成。実力を備えた三人による個性のぶつかりあいは、スリリングな名曲・名演奏を生んだが、その一方で人間関係の衝突も避けられなかったようだ。ビートルズに対抗できる唯一のバンドといわれたこともあったほどだが、1968年に敢えなく解散。
それでも、“Sunshine Of Your Love”、“White Room”、“Crossroads“、“Badge”などの名曲を残す。同年、Ginger Baker、Steve Winwood(スティーヴ・ウィンウッド)らとBlind Faith(ブラインド・フェイス)を結成し、アルバム『Blind Faith』を発表。全英チャート1位となるが、1969年には早くも解散。ずいぶん前にこのアルバムを聴いたのだが、うーんって感じだった。いま聴くと違った印象があるのかもしれないが、どうだろうか。なお、Creamは1994年と2005年に一時的に再結成し話題となった。
Blind Faithの全米ツアーで同行したDelaney & Bonnie(デラニー&ボニー)の影響で、1970年にアメリカに渡り、ソロ初のアルバム『Eric Clapton(エリック・クラプトン)』を発表。その流れのままに同年、Derek & the Dominos(デレク・アンド・ザ・ドミノス)を結成し、『Layla & Other Assorted Love Songs(いとしのレイラ)』をリリースする。収録曲は“Bell Bottom Blues”、“Key To The Highway”、“Tell The Truth”、“Layla”などだが、Jimi Hendrix(ジミ・ヘンドリックス)の“Little Wing”をカヴァーしているのも興味深い。今回の来日公演でもこのアルバムから三曲ほどセット・リスト入りしている。1971年、Derek & the Dominosもまた短命のまま解散した。
その後クラプトンは、ヘロイン中毒、アルコール依存症、妻パティ・ボイドとの出会いと別離、息子コナーの事故死などに直面しながらも、本格的にソロの道を歩んでいくことになる。
次回は、“エリック・クラプトン~ソロ編”をお届けします。
クリームの “Crossroads”は、こちらからご覧になれます。
クリームの “Sunshine Of Your Love”は、こちらからご覧になれます。
Sunshine Of Your Love(Eric Clapton)の動画
デレク・アンド・ザ・ドミノスの “Layla”は、こちらからご覧になれます。
エリック・クラプトンの “Bell Bottom Blues”は、こちらからご覧になれます。
Bell Bottom Blues(Eric Clapton)の動画
エリック・クラプトンの “Little Wing”は、こちらからご覧になれます。
※ Eric Clapton with Cheryl Crowでどうぞ。
デレク・アンド・ザ・ドミノスの “It's Too Late”は、こちらからご覧になれます。
It's Too Late(Derek & the Dominos)の動画
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Layla and Other Assorted Love Songs アーティスト:Derek and the Dominos |
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